2025年2月22日土曜日

灰原哀について(1)

灰原哀については、何か書いておきたい。まとまったものを秩序だてて書こうと思うといつまでもまとまらないと思うので、ツイートの延長線上のような気持ちで断片的に思いついたことを積み重ねていこうかと思う。(そういえば、ブログがメインの時代にTwitterが席巻したのは、「短文で気軽に発信できる」という特徴があったからだよね…)

名探偵コナンにおいて灰原哀はよくサブヒロインなどと位置付けられるし、それは穏当な見解ではあるのだけど、あの世界観から見た時には、サブヒロインかどうかなどという問題は超えて、世界の命運を握っているもっとも重要な人物と言っていい。

なぜ人気キャラになっているのか、色々な理由が語られるけれども、これが源泉であり原動力であるのではないか、という説をとってみたいと思う。

世界を左右するような運命にある人、というのが、注目されないということは、逆に難しいだろうと思う。

2025年2月7日金曜日

この数年間について思うこと

 「コンビニに置いてあるような本を開くと誰も辿り着いていなかった世界の真理が書かれているのではないか」というような空想をたまにするのだけど、自分が経験したことの構造はそういうのにちょっと近くて、すんごく嫌な気分になりながらも多少の楽しさを感じているというのはあるのだろうと思う。
膨大な情報や知識を積み重ねた果てに見えてくるものというわけではなくて、ウロウロとずっと歩き回っているとふと真実に辿り着き、そんな素朴なことが世の中において見過ごされ続けるのか、という驚きと、自分はそれを見つけられたのだという達成感が、あるにはある。
21世紀の日本でこんなことってあるんだね、と思った。
今自分が書き記していることはまごうことなき真実なのだけど、陰謀論的な言い方とそんなに区別がつかないのだよね。
だから、陰謀論も簡単にレッテル貼りしてバカにしてはならないのかな、と思い直した。

2025年2月2日日曜日

フジテレビの件

 フジテレビの件については、独自の視点は特にないが書き留めておきたいと思う。

 確か、12月下旬頃、「文春から世間を揺るがすすごいネタが出る」という誰かのツイートを見た。芸能人のスキャンダル程度の話なのかな…と思っていたが、結局、この1ヶ月で世の中を大きく揺らがせた。フジテレビの会見は10時間にも及んだ。

 最初の時点での文春の報じ方としては、中居正広がある女性と、要するに「不同意性交」の事案を起こし、9000万に及ぶ多額の示談金を支払ったということだったと記憶している。そしてここにフジテレビの社員が関わっているということも問題とされた。

 個人的に驚いたのが、あのインフルエンサーのたぬかなが、中居正広を批判する側へと回ったこと。たぬかなは女性インフルエンサーだけど保守的なところがあり、基本的に男の側へ回る。松本人志の不同意性交の際も女性の側を批判していた。Twitterでたぬかなの切り抜き動画が回ってきて、「たぬかなはご乱心なのか!?」と思いながら見たところ…途中から驚くべき話が語られた。どうも中居正広がやったことは、他の週刊誌の噂によれば、傷害罪にも該当するような相当に凌辱的なことであったらしい。PTSDだけでなくさまざまな手術や治療が必要なレベルだそう。たぬかなの切り抜き動画が回ってきた頃は、この件の深刻さが一段階深まった丁度潮目だったと思う。

 これが本当だとすれば、フジテレビは犯罪レベルの問題を組織的に起こし、それを隠蔽していたということになる。そこからフジテレビからスポンサーが続々と離れていって、離れた会社の数は現在は、100社近くになっているのではないだろうか。もっとも会見では幹部は、被害者の女性に配慮してあまり公にできなかったと主張していた。そして2025.2.2.の時点では、社員が関わっているという部分は誤報であったと文春も訂正したのだが…。

 その女性は、ちょうど2023年にPTSDによってフジテレビを退職したアナウンサーなのではないかという情報も広がった。彼女は以前からPTSDによって退職してさまざまな治療をしていることをSNSで発信していた。この関連性ははっきりと確定しているものではないけど、否定している人も見当たらない。そしてそのアナウンサーは今年の1月にフォトエッセイを出して話題を呼んででいる。(揶揄などの意図は微塵もない上でいうと、PTSDに罹患している状態でフォトエッセイを出すという心境はどのようなものなのか気になる。)

 この事件で不思議なのは、はっきりしないことが多すぎるまま、大手テレビ局が経営の危機とも言って良いような事態に陥っているということ。結局のところ、会社としての関与がどれくらいあり、現場では何が起こっているのか、確固たる情報はあまりない。被害者が誰なのかも、極端にいうと噂レベルのままで止まっている。フジテレビの10時間の会見でもこれらの話は濁されたままだったと思う。二次加害になってしまうからという理由ではっきりさせられないというのもあるのだろう。特殊な情報源を持たない一般人としては、経営の危機に陥っているくらいなのだから、やはり相当の出来事があったのだろうと推測するくらいしかできない。

 これからフジテレビはどうなるのだろうね?昔、フジテレビには好きなテレビ番組がたくさんあった。ドラマだと、古畑任三郎、白い巨塔、GTOなど。ドラマ以外もたくさん。今はYouTubeやTikTokなどの動画サイトの影響力が大きく、さまざまなサブスクサービスで動画コンテンツも配信されていて、テレビの栄華の時代は終わっている。おそらくは、その流れを加速させることになるだろうという話になるが…。

 去年は東京都知事選で石丸伸二が蓮舫を抜いて2位になり、YouTubeを積極的に活用した選挙戦略が奏功したということが言われ、ネットの影響力も本当にテレビを超えるレベルに達したのではないか、ということもあった。兵庫県知事が数え切れない数のハラスメント疑惑で一旦辞職したものの、その後再選挙で返り咲き、その顛末の背景にはマスコミの報道の信頼感の低下があるのではないかとも言われている。

(このようにまとめていくと、本当に大事件だな…。僕も個人的にこの何年間か、人権侵害のような仕打ちを受けて大変に嫌な思いをしていて、精神も身体も健康を蝕まれ、社会的にも抹殺されかけたような感じで、それは僕の人生における一番と言ってもいい大きな事件なのだが、そんなことも些細な話に思えてしまう…。)

2025年1月16日木曜日

ファイヤアーベントについて言い伝えられるところ

 ファイヤアーベントのAnything goesというフレーズは励まされる。

彼は科学哲学者だが、「医者よりも占い師の方が病気が治せることもある」と本気で主張するそうだ。

「科学」が「進歩」するためにはAnything goesで行くしかないというのだ。

Anything goesは、科学を導く「原理」というわけではないらしい。

日本語に訳すなら、「なんでもあり」とでもなるかもしれないけど、これだとロックンロールな感じが出せない。

Anything goesと言うしかない。

これは、事実として言っているというよりは、どうやらある種のアジテーションとして言ってるらしい。


正直なところ、「医者よりも占い師の方が病気が治せることもある」と思ってる人は結構いるはず。

そういう意味では、最初から世間はAnything goesになってるのではないかとも思う。

ただ、ファイヤアーベントが気になるような人は、Anything goesとは素朴には思えない。

だから、ファイヤアーベントのアジテーションで勇気付けられるのだろう。

2024年12月21日土曜日

裁判

2003年の唐沢寿明主演のフジテレビのドラマ『白い巨塔』では、「医療ミス」をめぐる裁判が後半に出てくるのだけど、それを見ていて思うのは、裁判ってあらゆる人を不幸に巻き込むのだなということ。

それでも裁判以外に納得する方法もないし紛争解決の方法がないから裁判をやるわけだけども…。

最近、ある事件が高等裁判所で逆転無罪になった判決が話題になっている。

これは、事実に関する争いというよりは、「同意があったかどうか」ということをめぐる法律的評価に関する争いだった。

それでまぁ、色々飛躍すると、法律って本当に闇だなと思う。。。。

2024年11月5日火曜日

励まされるセリフ

 励まされるセリフ。苦境に立たされている人が、いかに現実と対峙するか。

①鋼の錬金術師1巻の「立って歩け 前に進め お前には立派な足がついてるじゃないか」。恋人をなくした天涯孤独の若い女性が、死人を復活させられるという教祖にすがりついて生きてきたのだけど、教祖がペテン師だと分かって絶望した時、主人公のエドがその女性にかけたセリフ。確かにエドは、錬金術を研究して亡くなった母親を復活させようとしたら逆に腕と脚を失ってしまったという、過酷な絶望を経験してきてはいるのだが…。

②名探偵コナン29巻の「逃げるなよ灰原… 自分の運命から…逃げるんじゃねーぞ」。灰原は、端的にいうと自殺しようとしたのだが、コナンがギリギリのところで命を張ってそれを救い、こういった。これはのちに灰原の「あなた言ったじゃない…逃げるなって…運命から逃げるなって…守ってくれるんでしょ?」という決意のセリフへもつながった。

③ファイナルファンタジー10の「悲しくても……生きます。生きて、戦って、いつか、今は変えられない運命でもいつか……必ず変える。まやかしの希望なんかいらない。」というユウナのセリフ。

ユウナの一行は、世界各地で暴れて自然災害のように街を破壊し人々を殺している「シン」を倒すために、長い旅の果てにユウナレスカに究極召喚を授かりにきたのだが、究極召喚ではシンを一時的にしか止められないということがわかった。

究極召喚はそれと引き換えに召喚士は死ぬというもので、ユウナは自分の命と引き換えに世界を救うというつもりでここまで来ていたけども、そういうやり方では世界は救われないということがわかった。

「究極召喚は希望であって、希望がなくなったら生きていても悲しいだけだ。他の召喚士もみんな希望のために死んでいった」というユウナレスカに対して、ユウナはそのような形で、「まやかしの希望」でしかない究極召喚は使わないという決意の言葉を返した。

RPGなので、その後ユウナレスカが「あわれな、それならばここで終わりにしてやろう」みたいなことを言ってボスとして戦うことになるのだけど…。

命をかけて求めてきた「希望」が「まやかし」だったと知った時に、それでもあきらめようとはしなかった。生きることと死ぬこと、希望と絶望が交錯している。

2024年11月4日月曜日

暗い人

暗い人が好きだ。男女関わらず、ね…。

なぜかって、世の中は本来暗いもののはずで、だから、暗い人というのは世の中の真実を捉えられているから。

これは、誰だって悲しいときはあるとか、一見うまくいっていそうな人でも実はつらい事情があったりする、というような話とはまったく関係ない。

そういうことではなくて…世の中の暗さを自然と直視せずにはいられない人、ということ。

ここまでで終わりにしたいのだけど、最後に一つ付け加えると、そういう意味において中島みゆきは良いのである。