これはもうよく言われることだが、灰原哀は苦境に負けないところが良かった。負けそうになってもなんだかんだで助かっている。
宮野志保が、おそらくは絶望して死を選ぼうと毒薬のAPTX4869を飲み、しかし幼児化して組織から逃げ、「灰原哀」を名乗ってスタートした。Grayからとった灰、愛ではなく哀にした。灰色の状態から始まり、そこには哀しさがあった。灰原には、組織に殺された姉のもとに行きたい、つまり生きることを終わらせたいという気持ちもあった。APTX4869を飲むことは、おそらくは「賭け」ではなく、本当に死を望んでいたのだろう。しかし、生き残ってしまった。幼児化してもなお死を選ぶ、ということはできただろうと思う。でもそれをできるほどではなかった…。彼女は姉を亡くし、新しい仮の人生が始まった時からすでに、生と死の間で揺らいでいた。
生と死の間での揺らぎは、その後常にあった。自分が周囲を巻き込むくらいなら死んだほうがいいと、何度も思った(※)。でもその度に、誰かの言葉に、誰かの行動に助けられてきた。
彼女は多少は悲観的かもしれないが、基本的には現実主義だと思う。新一(コナン)はその圧倒的な能力のゆえに楽観主義で、その自信過剰さのゆえに足元をすくわれ幼児化してしまったので、死を選ぼうとして幼児化した志保とは対照的だ。コナンの楽観主義に、悲観的な灰原はずっと助けられてきただろう。
どんな時でも苦境に負けまいと思って生きてきたわけではなくて、何度も挫けそうになったけども生き延びてきた、そして徐々に生きる意志は強くなってきた、そのような姿にみんな心を打たれているのではないかと思う。
※ただし、2023年の劇場版『黒鉄の魚影』では、もう死ぬしかないというような諦念はどの場面でもまったく感じられず、常に生き残ろうとしていたのは新しかった。
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