2025年2月24日月曜日

灰原哀について(4)

とにかく、灰原愛については何かしら連投していくことにする。

アニメ史上に残る記念碑的キャラクターだからだ。アニメは「普通に見てきた」くらいだけど、きっとそうなのだ、と断言したい。

最近、カップ麺の「赤いきつね」のアニメCMが女性差別的だとしてXの一部で批判にさらされているが、その背景にはこの10年程度で新海誠的な画風のアニメーションが一般に浸透した一件がある。おそらくはあのCMが、女性に対してかなりの幻想を投影していることは確かだが、そういうアニメの描き方は世の中に既に浸透しているので、さほど問題とはされていない。これは、アニメにもいろんな画風があり、それは社会的な条件とも相関しうるという事例として重要ではないかと思う。

新海誠的なアニメーションの女性像に比べると、灰原哀、というか、名探偵コナンのキャラクター全般はかなりの古さがある。その中でも時代の層の違いがあるという要素もあり、たとえば安室透はやや最近に登場したキャラなのでテイストが違うというところがある。

灰原は、おそらくは初登場した当時は、かなり色んな要素を組み合わせた画期的な魅力的キャラクターだったのではないだろうか。作者も、ここまで人気になることは予想外だったそうだ。

名探偵コナンのアニメは当初、短期間で放送は終わる予定で、灰原哀の登場はなかった。そもそも名探偵コナンは、少年マガジンで人気作となった金田一少年の事件簿に対抗する形で、新たなミステリー漫画として少年サンデーでの連載が始まった。原作者は、当初は短期間で連載をやめる予定で始めたし、実際途中で投げ出したいとも思っていたそうだが、劇場版が制作されることが決まったところでかなりやる気が出たらしい。

灰原哀を、人気声優の林原めぐみが演じたことも大きいだろう。

多くの事情が重なり、灰原哀は歴史的なキャラクターとなった、と思う。2023年に上映された『黒鉄の魚影』が、このアニメの劇場版シリーズの中で初の興行収入100億円を突破したことで、それは確かな歴史として刻み込まれたのではないか。

2025年2月23日日曜日

灰原哀について(3)

今期の名探偵コナンのアニメはOPがBut ノーラヴ、EDが Shooting Starで、OPでは灰原哀はメインキャラの一人、EDで一番のメインキャラ、という形で登場している。ほぼ繰り返しになってしまうが、一番のメインキャラとしてまた登場したというのが画期的だし、OPとEDに同時にメインキャラとして登場しているのも画期的である。本来は、特に黒の組織編でコナンと深く関わるサブヒロインとしての役割であったが、ストーリー上でもその重要度は高く、次第にキャラクターとしての人気が上昇していき、各種の人気投票でも高ランク、ときにはトップに位置している。

『名探偵コナン』新ノンクレジットED WANDS「Shooting star」

初め10秒、志保が暗い草原の中で、白いワンピースを着て物憂げな表情で立っているシーンが出てきている。これは、もはや主人公扱いと言っていいレベルである。

最近の灰原はかなり明るくなったということもこのEDではわかるようになっているけれども、同時に、心の中のどこかではこのような孤独な心象風景がまだ広がっているのだろうなと思う。この高潔さが似合うのが魅力のひとつでもある。孤独さ、孤独さが似合う雰囲気、これは人気の秘訣だろう。

2025年2月22日土曜日

灰原哀について(2)

これはもうよく言われることだが、灰原哀は苦境に負けないところが良かった。負けそうになってもなんだかんだで助かっている。

宮野志保が、おそらくは絶望して死を選ぼうと毒薬のAPTX4869を飲み、しかし幼児化して組織から逃げ、「灰原哀」を名乗ってスタートした。Grayからとった灰、愛ではなく哀にした。灰色の状態から始まり、そこには哀しさがあった。灰原には、組織に殺された姉のもとに行きたい、つまり生きることを終わらせたいという気持ちもあった。APTX4869を飲むことは、おそらくは「賭け」ではなく、本当に死を望んでいたのだろう。しかし、生き残ってしまった。幼児化してもなお死を選ぶ、ということはできただろうと思う。でもそれをできるほどではなかった…。彼女は姉を亡くし、新しい仮の人生が始まった時からすでに、生と死の間で揺らいでいた。

生と死の間での揺らぎは、その後常にあった。自分が周囲を巻き込むくらいなら死んだほうがいいと、何度も思った(※)。でもその度に、誰かの言葉に、誰かの行動に助けられてきた。

彼女は多少は悲観的かもしれないが、基本的には現実主義だと思う。新一(コナン)はその圧倒的な能力のゆえに楽観主義で、その自信過剰さのゆえに足元をすくわれ幼児化してしまったので、死を選ぼうとして幼児化した志保とは対照的だ。コナンの楽観主義に、悲観的な灰原はずっと助けられてきただろう。

どんな時でも苦境に負けまいと思って生きてきたわけではなくて、何度も挫けそうになったけども生き延びてきた、そして徐々に生きる意志は強くなってきた、そのような姿にみんな心を打たれているのではないかと思う。

※ただし、2023年の劇場版『黒鉄の魚影』では、もう死ぬしかないというような諦念はどの場面でもまったく感じられず、常に生き残ろうとしていたのは新しかった。

灰原哀について(1)

灰原哀については、何か書いておきたい。まとまったものを秩序だてて書こうと思うといつまでもまとまらないと思うので、ツイートの延長線上のような気持ちで断片的に思いついたことを積み重ねていこうかと思う。(そういえば、ブログがメインの時代にTwitterが席巻したのは、「短文で気軽に発信できる」という特徴があったからだよね…)

名探偵コナンにおいて灰原哀はよくサブヒロインなどと位置付けられるし、それは穏当な見解ではあるのだけど、あの世界観から見た時には、サブヒロインかどうかなどという問題は超えて、世界の命運を握っているもっとも重要な人物と言っていい。

なぜ人気キャラになっているのか、色々な理由が語られるけれども、これが源泉であり原動力であるのではないか、という説をとってみたいと思う。

世界を左右するような運命にある人、というのが、注目されないということは、逆に難しいだろうと思う。

2025年2月7日金曜日

この数年間について思うこと

 「コンビニに置いてあるような本を開くと誰も辿り着いていなかった世界の真理が書かれているのではないか」というような空想をたまにするのだけど、自分が経験したことの構造はそういうのにちょっと近くて、すんごく嫌な気分になりながらも多少の楽しさを感じているというのはあるのだろうと思う。
膨大な情報や知識を積み重ねた果てに見えてくるものというわけではなくて、ウロウロとずっと歩き回っているとふと真実に辿り着き、そんな素朴なことが世の中において見過ごされ続けるのか、という驚きと、自分はそれを見つけられたのだという達成感が、あるにはある。
21世紀の日本でこんなことってあるんだね、と思った。
今自分が書き記していることはまごうことなき真実なのだけど、陰謀論的な言い方とそんなに区別がつかないのだよね。
だから、陰謀論も簡単にレッテル貼りしてバカにしてはならないのかな、と思い直した。

2025年2月2日日曜日

フジテレビの件

 フジテレビの件については、独自の視点は特にないが書き留めておきたいと思う。

 確か、12月下旬頃、「文春から世間を揺るがすすごいネタが出る」という誰かのツイートを見た。芸能人のスキャンダル程度の話なのかな…と思っていたが、結局、この1ヶ月で世の中を大きく揺らがせた。フジテレビの会見は10時間にも及んだ。

 最初の時点での文春の報じ方としては、中居正広がある女性と、要するに「不同意性交」の事案を起こし、9000万に及ぶ多額の示談金を支払ったということだったと記憶している。そしてここにフジテレビの社員が関わっているということも問題とされた。

 個人的に驚いたのが、あのインフルエンサーのたぬかなが、中居正広を批判する側へと回ったこと。たぬかなは女性インフルエンサーだけど保守的なところがあり、基本的に男の側へ回る。松本人志の不同意性交の際も女性の側を批判していた。Twitterでたぬかなの切り抜き動画が回ってきて、「たぬかなはご乱心なのか!?」と思いながら見たところ…途中から驚くべき話が語られた。どうも中居正広がやったことは、他の週刊誌の噂によれば、傷害罪にも該当するような相当に凌辱的なことであったらしい。PTSDだけでなくさまざまな手術や治療が必要なレベルだそう。たぬかなの切り抜き動画が回ってきた頃は、この件の深刻さが一段階深まった丁度潮目だったと思う。

 これが本当だとすれば、フジテレビは犯罪レベルの問題を組織的に起こし、それを隠蔽していたということになる。そこからフジテレビからスポンサーが続々と離れていって、離れた会社の数は現在は、100社近くになっているのではないだろうか。もっとも会見では幹部は、被害者の女性に配慮してあまり公にできなかったと主張していた。そして2025.2.2.の時点では、社員が関わっているという部分は誤報であったと文春も訂正したのだが…。

 その女性は、ちょうど2023年にPTSDによってフジテレビを退職したアナウンサーなのではないかという情報も広がった。彼女は以前からPTSDによって退職してさまざまな治療をしていることをSNSで発信していた。この関連性ははっきりと確定しているものではないけど、否定している人も見当たらない。そしてそのアナウンサーは今年の1月にフォトエッセイを出して話題を呼んででいる。(揶揄などの意図は微塵もない上でいうと、PTSDに罹患している状態でフォトエッセイを出すという心境はどのようなものなのか気になる。)

 この事件で不思議なのは、はっきりしないことが多すぎるまま、大手テレビ局が経営の危機とも言って良いような事態に陥っているということ。結局のところ、会社としての関与がどれくらいあり、現場では何が起こっているのか、確固たる情報はあまりない。被害者が誰なのかも、極端にいうと噂レベルのままで止まっている。フジテレビの10時間の会見でもこれらの話は濁されたままだったと思う。二次加害になってしまうからという理由ではっきりさせられないというのもあるのだろう。特殊な情報源を持たない一般人としては、経営の危機に陥っているくらいなのだから、やはり相当の出来事があったのだろうと推測するくらいしかできない。

 これからフジテレビはどうなるのだろうね?昔、フジテレビには好きなテレビ番組がたくさんあった。ドラマだと、古畑任三郎、白い巨塔、GTOなど。ドラマ以外もたくさん。今はYouTubeやTikTokなどの動画サイトの影響力が大きく、さまざまなサブスクサービスで動画コンテンツも配信されていて、テレビの栄華の時代は終わっている。おそらくは、その流れを加速させることになるだろうという話になるが…。

 去年は東京都知事選で石丸伸二が蓮舫を抜いて2位になり、YouTubeを積極的に活用した選挙戦略が奏功したということが言われ、ネットの影響力も本当にテレビを超えるレベルに達したのではないか、ということもあった。兵庫県知事が数え切れない数のハラスメント疑惑で一旦辞職したものの、その後再選挙で返り咲き、その顛末の背景にはマスコミの報道の信頼感の低下があるのではないかとも言われている。

(このようにまとめていくと、本当に大事件だな…。僕も個人的にこの何年間か、人権侵害のような仕打ちを受けて大変に嫌な思いをしていて、精神も身体も健康を蝕まれ、社会的にも抹殺されかけたような感じで、それは僕の人生における一番と言ってもいい大きな事件なのだが、そんなことも些細な話に思えてしまう…。)