2024年10月25日金曜日

傷について

 「大なり小なり誰だって傷を抱えて生きているのだ、とも思う。あなた自身を、出来事や外部に定義させてはいけない。あなたのことはあなた自身が定義するべきなのだから。」


これは三浦瑠麗さんが『孤独の意味も、女であることの味わいも』の終章(pp.138-139)に書き記していたもの。この本はエッセイだけど、ひとつには彼女の性被害の体験も中に収められていて、クローズアップ現代に三浦さんが出演した時などは、やはりその側面が取り上げられていた。

しかし、である。繰り返しになってしまうが、本人は、その本の中で「あなた自身を、出来事や外部に定義させてはいけない」と言っている。そうだとすると、性被害の体験も、人生の中で、特別で特権的な意味の持つエピソードとしては書かれていないということになる(と思う)。実際そのように書かれている(と思う)。

いや、しかし、である。「あなた自身を、出来事や外部に定義させてはいけない」と意識的に書き記さなければいけない程度には、おそらくは彼女も「出来事や外部」に定義されてしまいそうになっていたのだろう。でも、それに抵抗してこの本は書かれている。


三浦瑠麗さんは色々批判されるが、ここについては、このエッセイのこの部分は勇気をくれる話。誰だって傷は抱えているし、そういうことに振り回されては人生つまらなくなってしまうと、身をもって主張してくれているのだから。


(ただまぁ、男性の立場からそういうことを言うと政治的には問題含みかもしれず、「いや、重大な犯罪被害なのだから重大な出来事として受け止めるべきだ」となるかもしれない。)

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